研究概要 |
本年度はカルボニル基の還元反応の面選択性の新しい理論モデルの構築を中心に研究を行った.シクロヘキサノン還元の代表的理論モデルと見なされているFelkin-Anh ModelとCieplak Modelはいずれも遷移状態の量子化学的考察に基づいており,前者はincipient結合が電子豊富、後者は電子欠乏と仮定し、互いに逆の超共役安定化効果(anti-periplanar effect;AP効果)が面選択の本質であると主張している. 本研究では,シクロヘキサノンの還元反応をモデル系に採用し,Felkin-Anh ModelとCieplak Modelが主張する遷移状態でのAP効果をNat ural Bond Orbital(NBO)理論で定量的に評価してみた.その結果,incipient結合は電子欠乏でありCieplakのAP効果の方が大きいが,遷移状態に至る過程で出現するこの安定化効果は,意外にも面選択性とは逆に作用する小さな副次効果であることが示唆された.すなわち,equatorial攻撃の方がaxial攻撃よりAP効果が大きく作用し,もし,このAP効果が面選択性の支配因子であるとするとeqatorial攻撃が優先することになり,実験結果と矛盾する. 従来,カルボニル還元反応の面選択性は常に遷移状態の安定化効果(特にAP効果)に着目されて議論が展開されてきたが,今回の研究結果から,AP効果は選択性の本質でないということが明瞭に示されたと考えている.さらに,面選択の本質は,反応初期に与えられるπ面両側での反応推進力の差で決まると仮定し、初期状態におけるフロンティア軌道の相互作用が選択性の本質であると仮定するEFOEモデル(Exterior Frontier Orbital Extension Model)を構築した.この理論モデルはケトン基質の分子表面の外側のLUMOのπ面両側の広がりの差が反応推進力の差を生み出す要因であると考える.この理論モデルで定義されるパラメーターが速度パラメーターと極めて良い相関を示すことを多数環式ケトン系で示すことができ,長年に亘るヒドリド還元面選択性の論争に決着をつけることができた.
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