研究概要 |
不明な点の多い原生生物界の系統関係を、さまざまな遺伝子の配列情報データに基づいて総合的に解析し、真核生物の初期進化に関する新たな知見を得ることを目的として研究を行った。 本年度、遺伝子解析の対象とした原生生物種は、ミトコンドリアをもたない寄生虫であるGlugea plecoglossi(microsporidia類)、Encephalitozoon hellem(microsporidia類)、E.cuniculi(microsporidia類)、Giardia lamblia(diplomonads類)、Trichomonas vaginalis(parabasalids類)、Entamoeba histolytica(entamoebids類)、ミトコンドリアに相当するキネトプラストを有する寄生虫であるTrypanosoma cruzi(kinetoplastids類)、および、チトクロムをもたないミトコンドリアを有するとされる寄生虫Blastocystis hominisの合計8種である。対象とした遺伝子は、小亜粒子リボソームRNA,ペプチド鎖伸長因子(EF-1α,EF-2)イソロイシン-およびヴァリン-tRHA合成酵素(IleRS,ValRS)、70kDa熱ショック蛋白質(hsp70)、液胞型ATPaseであり、これらについての配列データをもとに、塩基もしくはアミノ酸置換に関するさまざまな確率モデルに基づいて原生生物界の系統関係を最尤法により検討し、主として以下に示す結論を得た。 1.小亜粒子リボソームRNAやペプチド鎖伸長因子の系統樹では、ミトコンドリアをもたない3つの分類群、すなわち、microsporidia類、diplomonads類、parabasalids類が真核生物の進化の非常に早い時期に分岐している。これらの中でmicrosporidia類の分岐が最も早いとする可能性が高い。 2.上記3つの分類群のValRS配列(G.lamblia,T.vaginalis,E.hellem)は、IleRSをアウトグループとする系統樹上で、ミトコンドリア由来のものを使用していると考えられる通常の真核生物型の配列の中に完全に含まれる。このことは、これらの祖先がかつてはミトコンドリアを有しており、進化の過程でそれを2次的に失ったのだとする可能性を示唆している。 3.microsporidia類、(E.hellem,E.cuniculi)のいずれもが、ミトコンドリア型hsp70を有しており、それらの配列は系統樹上で明らかに他の真核生物のミトコンドリア型hsp70のグループの中に含まれる。このこともまた、microsporidia類におけるミトコンドリアの2次的喪失の可能性を示唆している。 4.ミトコンドリア型hsp70の系統樹におけるmicrosporidia類の系統的位置は、ペプチド鎖伸長因子や小亜粒子リボソームRNAの系統樹に示されるように、真核生物の歴史の古い時代に分岐したものではなく、むしろ菌類や動物などの高等真核生物に近いとの可能性が高い。異なる分子種での結論の矛盾は、分子系統樹推定法の方法論上の問題に依存して生じている可能性が高いため、今後データ解析面での再検討が必要である。
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