本研究では、被子植物の珠皮、心皮、花弁、ガク片などの花器官形成を制御している転写調節因子である MADS 遺伝子群に着目し、シダ類におけるこの遺伝子群のクローニング、遺伝子系統樹の作成、発現様式の解析を行った。その結果、シダ類では、少数の MADS 遺伝子が、生殖器官に限らず、いろいろな組織で、細胞分裂活性を高め、形態形成に関与しているらしいことがわかった。 そして、元来少数あった MADS 遺伝子群が、遺伝子重複により数を増やし、増えた遺伝子がそれぞれ、発現場所を特定化し、機能分化することにより、被子植物の珠皮、心皮、花弁、ガク片などの花器官が進化してきたのではないかという仮説を提唱できた。 イチョウ、グネツムは、被子植物の MADS 遺伝子とほぼ同じグループの MADS 遺伝子を持っていることから、裸子植物の段階では、 MADS 遺伝子の増加はおこっていたが、機能分化がおこっていなかったのではないかと推察できた。さらに、興味深いことに、 MADS遺伝子の系統樹から、被子植物の花弁やガク片形成を制御している A クラスの MADS遺伝子は、裸子植物と被子植物の共通祖先では存在していたのだが、裸子植物の系統で欠失、あるいは発現されなくなった可能性が高いことがわかった。裸子植物と被子植物の生殖器官の大きな違いの一つは、花被(花弁とガク片)の有無であり、A クラス遺伝子の有無がこの違いを生み出しているらしいことがわかった。 また、裸子植物 LFY 遺伝子の解析から、裸子植物と被子植物の共通祖先において、すでに LFY 遺伝子は MADS 遺伝子を誘導していた可能性が高く、被子植物における花の進化には、LFY遺伝子はあまり関係なかったのかもしれないことがわかった。このことから、 LFY 遺伝子で誘導された後におこる、MADS 遺伝子の whole 特異的発現制御が花の進化に重要であったのではないかと推察している。
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