メガネザル(Tarsius)の系統的位置ならびに分類に関しては、長い間定説がなく現在でも議論の的である。メガネザルの形態に関する見解は多様であるため、その系統的位置付けには分子生物学的研究が鍵となる。本研究では、分子細胞遺伝学的な方法を用いたメガネザル染色体の研究を行った。メガネザルは染色体数が80もあり、霊長類の中で最高の値を示す。そこでまず染色体構成を調べる基礎となるバンドパターンを明らかにし、次いでヒトの染色体特異的ペインティング・プローブを用いて染色体の種間でのおおよその相同関係(シンテニー)を調べた。また、遺伝子レベルでの染色体座の他の霊長類との対応を明確にするため、比較マッピングを行った。すなわち、ヒトやマウスにおいてcDNAクローン多数につき染色体上の位置を決め、そのうちの保存的とおもわれるものについてメガネザルについても比較マッピングを行った。これらの研究の結果、以下のことがわかった。(1)インドネシアのニシメガネザル(T.bancanus)の血液リンパ球培養により、複製バンドパターンを明らかにした。ただし、形態的に類似した小型染色体群(第33-39番染色体)についての識別は困難であった。(2)Y染色体は大型で、後期複製の反復配列DNAの大きな領域があり、この部分はヒトのY染色体の反復配列(DYZ1)とのホモロジーはなかった。(3)培養細胞からDNAを抽出し、ゲノムDNAライブラリーを作製した。(4)染色体ペインティングにより、フィリピン・メガネザル(T.Syrichta)との染色体レベルでの高度の類似性が示唆される結果をえた。現在、メガネザルは3種に分けられているが、これらを一種3亜種とする可能性を示唆する結果である。
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