(1)本研究の目標は、従来よりも大幅に短いサブバンド間遷移波長をもつn型のInGaAs/AlAs量子井戸を用いて、サブバンド間共鳴光(制御光)によるバンド間共鳴光(信号光)の超高速の先制御光変調を実現することである。これにはInGaAs/AlAs量子井戸の伝導帯第一準位に多数の電子を供給することが重要である。すなわち、十分な電子濃度を実現できれば(a)変調をかけていない時の信号光の吸収(基礎吸収あるいは損失)を押さえる、および(b)変調の効率を高める、という光変調の実現において重要な二点が達成できる。しかしながら、この材料系ではAlAs障壁層が関節遷移型の材料であるため、InGaAs井戸層の準位に電子を供給すべくn型不純物を添加したとしても、構造によってはAlAs障壁層のX谷(間接遷移の谷)に大多数の電子が逃げていることが懸念された。 (2)そこで第一年度は構造および作製条件を系統的に変化させ、井戸層の第一準位のエネルギーが障壁層のX谷の準位に対して相対的により低くなり、電子の障壁層への漏出が抑制される条件を見出すことを目指して研究を行った。量子井戸の成長には、現有のMBE装置を用いた。具体的には(a)In組成を0.2から0.4へと増加させ井戸層の第一準位のエネルギーを低減させ、および(b)障壁層幅を低減(24MLから8ML)させ量子効果によりAlAsのX谷の準位のエネルギーを増大させた。またMBE成長中のIn偏析による実効的な井戸幅の減少にともなって、量子効果により井戸層の準位のエネルギーが増大する効果を抑えるため、成長温度を480〜520℃から400℃へと下げた。これらの条件を適応した結果、量子井戸のサブバンド間吸収の強度を最大で最適化前の12倍にまで増加させることに成功した。 (3)引き続いて第二年度は、前年度に開発したInGaAs/AlAs量子井戸あるいはAlGaAs/GaAs量子井戸デバイスを用い、フェムト秒の分解能をもつボンブーブロープ測定系を構築して、(1)変調速度を決定するサブバンド間の電子緩和速度の測定、および(2)ピコ秒領域での光―光変調動作の実証を目的として研究を進めた。まず中赤外域(4〜10μm)に遷移波長をもつ、AlGaAs/GaAs量子井戸のサブバンド間緩和時間を測定したところ、0.6psと極めて速い値が得られた。この値はLOフォノン散乱による緩和時間の理論値とほぼ一致した。一方、近赤外域(2.5μm)に遷移波長をもつInGaAs/AlAs量子井戸に対し、サブバンド間緩和時間を測定したところ2.7psという値を得た。このような近赤外サブバンド間遷移に対する量子緩和時間の測定は本研究が初めてであり、短波長化に伴い緩和時間が若干長くなることが分かった。様々な考察の結果、これはサブバンド間緩和時間に対するサブバンド内緩和時間の割合が無視できなくなることが原因と判明した。続いて、実際に量子井戸デバイスを用いて、光―光変調実験をフェムト秒の分解能で試みた。その結果AlGaAs/GaAs量子井戸デバイスにおいて、変調速度1.3psという極めて速い変調速度の実証に初めて成功した。変調効率も極めて高いことが判明し、4fJ/μm^2程度の低エネルギーで、1000cm^<-1>を越える吸収係数の変化が得られることが判明した。変調速度が、サブバンド間緩和時間(0.6ps)に比べて若干遅くなっているのは、電子温度の上昇が原因である可能注がある。このあたりに関しては、より詳しい検討が必要であると思われる。いずれにせよ、本研究を通じて、初めてサブバンド問遷移を用いた超高速光―光変調が実証された。 (4)以上の成果により、国際会議ではInt.Symp.Compound Semiconductors '98およびPhotonic West '99での招待講演を行い、学術雑誌ではOptical Quantum Electronicsからの招待論文依頼、国内では電子情報通信学会からの招待論文依頼を受けた。
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