酵素は蛋白質からなり、その作用は「鍵と鍵穴」説によって説明されている。しかしこの説は酵素の特異性を理解するのには好都合であるが、説明できない現象が多い。本申請者はこの点について、酵素の活性部位周辺におけるペプチド鎖のコンホメーションが鍵穴のように狭くなくても酵素の特異性をもたらすという仮説を立て、モデル的に検討を加えてきた。初年度は、従来のチトクロームPー450モデルと全く異なった概念のペプチド鎖を持つポルフィリン錯体を合成し、活性部位周辺が広くてもαへリックスによって不斉の誘導されることを明らかにした。昨年度は、糖蛋白質モデルを合成し、これが加水分解酵素αキモトリプシンの酵素モデルになることを明らかにし、その加水分解反応における基質のR、S識別がαへリックスによってもたらされることを確認した。 本年度は、ある種の糖蛋白質が無水系において、エステラーゼ酵素のモデルになることを初めて明らかにし、その触媒活性に及ぼす蛋白部分のコンホメーションについて検討を加えた。合成した糖蛋白質は適当な鎖長のDまたはLーフェニルアラニンを有した。反応条件下における蛋白部分のコンホメーションは60-80%がβシートからなり、奇しくもβシートの触媒活性に及ぼす影響を観察することができた。現在研究は進行中であり、最終的な結論はでていないが、2-ブロモプロピオン酸のエタノールとエステル化反応においてβシートはほとんど不斉の誘導に影響がないことが分かった。しかしβシートのほかにαへリックスを含む触媒は明らかに生成するエステルに不斉を誘導することが分かった。この研究は今後更に継続するつもりである。 以上3年間にわたる本研究を要約すると、酸素は活性部位が鍵穴のように狭くなく、大きく開いていても、特にαへリックス鎖によって特異性がもたらされるという新しい事実をモデル的に実証できたと考える。
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