酵素は蛋白質からなり、その作用は「鍵と鍵穴」説によって説明されている。しかしこの説は酵素の特異性を理解するのには好都合であるが、説明できない現象が多い。本申請者はこの点について、酵素の活性部位周辺におけるペプチド鎖のコンホメーションが鍵穴のように狭くなくても酵素の特異性をもたらすという仮説を立て、モデル的に検討した。このモデルは従来提案されているものと全く異なった概念のモデルで、メソ位にペプチド鎖を持つポルフィリン錯体であった。これは活性部位周辺が広いのにもかかわらず不斉を誘導することが分かった。しかもこの不斉は、ペプチド鎖のαへリックスによって誘導されることを見出した。昨年度は、糖蛋白質モデルを合成し、これが加水分解酵素αキモトリプシンの酵素モデルになることを見出した。これを触媒として用いるアミノ酸p-ニトロフェニルエステルの加水分解反応では、アミノ酸基質のR、S識別がペプチド鎖のαへリックスによってもたらされることを確認した。本年度では、ある種の糖蛋白質が無水系において、エステラーゼ酵素のモデルになることを初めて明らかにし、その触媒活性に及ぼす蛋白部分のコンホメーションについて検討を加えた。その結果、最終的な結論はではないが、2-プロモプロピオン酸のエタノールとのエステル化反応においてβシートはほとんど不斉の誘導に影響しないことが観察できた。以上の研究は今後更に検討を加えねばならないが、現在の結論としてタンパク質の、特にαへリックスは不斉の識別や誘導の関与すること、更に酵素は活性部位が鍵穴のように狭くなく、大きく開いていても、特にαへリックス鎖によって特異性がもたらされることが分かり、酵素触媒の作用に対する新しい事実をモデル的に実証できたと考える。
|