哺乳動物の神経発生過程では、初期には未分化神経前駆細胞が維持されるが、後期にはこれらの細胞からニューロンやグリア細胞が分化し、複雑な脳神経系が形成される。我々は、この過程の細胞内分子機構を明らかにするために、bHLH因子に注目し解析を行った。膜蛋白Notchは未分化状態の維持に重要であるが、Notchが活性化されると抑制性bHLH因子Hes1およびHes5の発現が増加した。Notchの機能にHes1やHes5が必要かどうかをしらべるためにHes1欠損マウス、Hes5欠損マウス、Hes1-Hes5ダブル欠損マウスから神経前駆細胞を調製し、活性型Notchを発現させた。その結果、Hes1かHes5のどちらかが欠損してもNotchによる分化抑制がみられたのに対して、両方が欠損するとNotchによる分化抑制はかなり解除された。すなわち、Hes1およびHes5はNotchの必須のエフェクターとして初期の未分化細胞の維持に関わることが示された。次に、後期の発生過程におけるbHLH因子の機能をしらべた。後期では、Hes5は分化しつつあるグリア細胞に特異的に発現しており、さらにレトロウイルスを用いてHes5を強制発現させるとグリア細胞への分化が誘導された。逆に、Hes5欠損マウスではグリア細胞数が減少した。一方、Hes1はニューロンやグリア細胞への分化を抑制し、前駆細胞の状態を維持した。また、ニューロンに特異的に発現するbHLH因子Math3やMash1を強制発現させると前駆細胞からニューロンへの分化を促進し、グリア細胞への分化を抑制した。以上の結果から、神経前駆細胞の維持、前駆細胞からニューロンへの分化、前駆細胞からグリア細胞への分化のいずれもがbHLH因子によって抑制されることが明らかとなった。これらbHLH因子間のバランスが分化のタイミングや正常なニューロン・グリア細胞数比に重要であることが示された。
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