研究概要 |
有機水銀中毒症では小脳顆粒細胞の高度の脱落が生じることが報告されている。しかしながらこの選択的な病巣の形成機序は未だ不明である。我々は既にratにmethylmercury chloride(MMC)を投与し、誘発される小脳顆粒細胞の細胞死がアポトーシスであることを示してきた。またアポトーシスの細胞内情報伝達系に関与すると考えられているInterleukin-1 beta converting enzyme(ICE,caspase-1)がMMC投与ラット小脳でup-regulateされることを報告してきた。今回我々はMMC投与による小脳障害がrat strainにより異なるか否かを検索した。次に最も障害を生じやすいstrainを用いて、MMCにより誘発される小脳顆粒細胞のアポトーシスの機序を解明するために、小脳顆粒細胞特異的な転写因子であるZiclの発現の検索を行った。まずSD、F344、Wistar、WKAH、NARの5系統のratをMMC投与群と対照群に分け、MMC投与前、投与後7日、14日、21日で体重、症状の変化を観察し、23日目にsacrificeし、大脳、腎臓、肝臓の水銀濃度を測定した。また小脳における病理学的変化、顆粒細胞におけるアポトーシスの程度をTUNEL染色により検索した。その結果、体重は各群とも投与後14日目から有意に減少し、最終的には対照群の48から57%に減少した。臓器のメチル水銀濃度は腎臓では各群間に有意差は認めなかったが、大脳および肝臓ではWKAH、NARが他群に比べて高値を示した。症状はSDを除く他の群では陽性であり、病理学的には、WKAH、次いでNARの変化が強く、アポトーシスについても同様の結果を認めた。次にhuman,mouseで保存されているZiclのcDNAsequenceに基づいてprimerを作成し、WKAH rat小脳から抽出したRNAを用いてRT-PCRを行い、得られた産物をsequenceして、ratのZiclcDNAの一部を作成した。これを用いてMMC投与WKAHについてNorthern blotによりZiclのmessenger RNAの発現を検索した。その結果Zicl mRNAは病理組織学的に異常が認められない8日目より発現が低下し、顆粒細胞層の脱落が著明となる28日目では、更に低下した。特異抗体を用いた免疫染色でもNorthern blotと同様の結果が得られた。以上よりZiclは組織学的変化に先行して発現の低下が認められ、顆粒細胞に生じるアポトーシスの制御を行っている可能性が示唆された。
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