ブタ回虫は豚の腸管寄生虫である。ヒトが実験的にあるいは事故でブタ回虫の幼虫包蔵卵を摂取すると、いわゆる内臓幼虫移行症(VLV)といわれる激しい好酸球増多を伴った肺炎や肝機能障害をおこすことが知られでいる。しかしながら、通常の社会生活のなかでブタ回虫によるVLVが起こるかどうかは不明であった。我々は近年南九州の養豚地帯でブタ回虫によるVLMが多発していることを明らかにした。患者発生は増加傾向にあり、その総数は1999年末までに128名に上っている。この中には2例の葡萄膜炎と5例の髄膜炎の症例が含まれており、ブタ回虫の幼虫はイヌ回虫幼虫と同様に多彩な臓器を侵すことが判明した。本科研費の助成期間中に、南九州の養豚地帯で住民に説明をし、同意を受けた上で、定期住民検診の際の血清を利用してブタ回虫感染状況についての免疫血清学的な疫学調査を実施した。対象としたのは宮崎県6町、鹿児島県2町である。2年間にわたる約18000人の調査の結果、養豚地帯では住民の20-30%がブタ回虫に対して抗体陽性であり、想像以上に汚染が進んでいることが明らかになった。汚染の程度はブタの飼育頭数とほぼ比例していた。この地域から2町を選んで、奇生虫感染とアレルギーの相関について調査を行なったところ、ブタ回虫抗体陽性者群では抗体陰性者群に比べて2-3倍高い割合で、スギ花粉やダニに対する特異lgE抗体を保有していることが判明した。特に低年齢層でその傾向が顕著に見られ、ブタ回虫感染者群では約9割がスギ花粉/ダニのいずれか、あるいは両方に対して特異IgE抗体を保有していた。この結果は奇生虫感染がアレルギーのリスクファクターであることを示している。
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