前頭蓋窩近傍の手術に際しては、嗅覚伝導路の形態を温存せしめても、術後に嗅覚障害を呈してしまうことが少なからず経験される。そこで、我々は嗅覚機能の客観的評価および術中モニタリングへの応用を目的として、嗅粘膜電気刺激による嗅覚誘発電位の記録を試みた。 イヌを用いた動物実験にて、嗅粘膜を電気刺激して嗅索からピーク潜時約40msecの陰性電位を記録した。この陰性電位N40について検討したところ、筋電図の関与は否定され、刺激のcurrent spreadによるものではなく、三叉神経の関与は否定された。また、本反応はシナプスを介した反応であろうと示唆され、嗅神経を切断すると消失したことから、嗅粘膜電気刺激による嗅覚伝導路起源の誘発電位と証明された。 この動物実験の結果を基に、手術操作にて嗅覚障害を引き起こす可能性があった症例を対象とし、全身麻酔導入後に直径0.7mmの微小ファイバースコープで経鼻腔的に嗅粘膜を観察した後、ファイバースコープのガイド下に刺激電極を嗅粘膜上に固定した。開頭手術後、露出した嗅索上から記録を試みた。なお、術前に患者本人または家族から承諾を得て検査を実施した。 ヒト嗅粘膜電気刺激により、嗅索からピーク潜時約27msecの陰性電位が再現性良く記録された。この陰性電位N27は、動物実験で得られた誘発電位と同形で同様の性質を有し、嗅覚伝導路起源の誘発電位と考えられた。 臨床応用としては、右嗅窩髄膜腫の症例で、術前に嗅覚消失が認められた右側では嗅覚誘発電位が測定できなかったものの、記録された左側では術後も嗅覚機能が温存されており、嗅覚誘発電位記録の有無は嗅覚機能と良く相関し、術中モニタリングとして有用と考えられた。
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