麻酔薬は中枢神経系の神経伝達物質遊離に影響を及ぼすことが知られている。高齢者では麻酔の覚醒遅延や術後せん妄が経験され、麻酔薬に対する中枢神経系の反応が若年者と異なることが予想される。アセチルコリン(ACh)は脳内興奮性伝達物質の一つであるが、本研究は微小透析法を用いて、ラット海馬ACh遊離に対する麻酔薬(ケタミン、プロポフォール)の影響を調ペ、若齢ラットと老齢ラットとで比較検討した。 老齢モデルとして18〜20カ月齢、若齢モデルとして2カ月齢Wisterラットを用いた。麻酔下に右海馬に透析用プローブを挿入するためのガイドカニューレを埋め込んだ。手術3日後に、無拘束下にて微小透析法を行った。プローブを挿入し、10μMエゼリン加人工脳脊髄液2μ1/minにて潅流した。その後20分毎の透析液サンプリングを開始した。基礎遊離量として3サンプル回収後、ケタミン25mg/kgまたはプロポフォール25mg/kgを腹腔内投与し、ACh遊離に対する麻酔薬の最大効果と基礎遊離量に戻るまでの回復時間を調べた。AChは高速液体クロマトグラフィーを用いて測定した。 ACh基礎遊離量は、若齢ラットが1.44pmo1/サンプルに対して高齢ラットが0.72pmo1/ザンプルと有意に低値で、老化によるコリン作動性ニューロンの機能低下が示唆された。ケタミン25mg/kgの投与は海馬ACh遊離量を若齢ラットで基礎遊離量の181%に、老齢ラットで229%に増加させ、両者の間には有意差が認められた。ブロポフォール25mg/kgは若齢ラットで基礎遊離量の61%に、老齢ラットで52%に低下させ、両者の間に有意差は認められなかったが、老齢ラットでは麻酔からの回復時間が延長した。ケタミンの作用部位とされるNMDA受容体とブロポフォールの作用部位とされるGABAA受容体との老化に伴う変化の相違が、2つの麻酔薬への反応性の相違に反映していると考えられた。
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