高齢者では、麻酔薬の効果の遷延や、術後の痴呆症状の出現などが臨床的に問題となる。全身麻酔薬は、脳内神経伝達物質の遊離に大きな変化を及ぼすことが知られているが、海馬のコリン作動性神経は、覚醒・記憶・学習などに関与しており、その変化は全身麻酔の作用発現に大きな影響を持つと考えられる。本研究では、静脈麻酔薬が、ラット海馬のアセチルコリン遊離に及ぼす影響を微小透析法を用いて調べ、若齢ラットと老齢ラットとを比較することにより、麻酔薬の中枢神経系に対する影響が加齢によりどう変化するかを検討した。 Wister系の若齢ラット(8週齢)・老齢ラット(18ケ月齢)の海馬にガイドカニューレを埋め込み、手術2日後に微小透析法実験を行った。基礎遊離量回収後、ケタミン25mg/kgまたはプロポフォール25mg/kgを腹腔内投与し、麻酔薬投与後の海馬におけるアセチルコリン遊離の変化を観察した。アセチルコリンの分析には高速液体クロマトグラフイーを用いた。 アセチルコリン基礎遊離量は、若齢ラットが1.44±0.15pmol/サンプルに対し、老齢ラットでは0.72±0.13pmol/サンプルと有意に低値であった。ケタミン25mg/kgの腹腔内投与は、若齢ラットではアセチルコリン遊離を基礎遊離の181%まで増加させた。老齢ラットではアセチルコリン遊離の増加は229%と有意に高値で、また回復も遅れた。プロポフォール25mg/kgの腹腔内投与により、アセチルコリン遊離は若齢ラットでは61%、老齢ラットでは二峰性に52%、44%まで低下し、両群間に有意差は認められなかったが、老齢ラットでは回復が著明に延長した。 老齢ラットにおいて、2種類の静脈麻酔薬による海馬アセチルコリンの遊離の変化が増強または延長していたことは、臨床で見られる高齢者の麻酔作用の遷延や術後のせん妄状態に関与すると示唆された。
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