当該研究課題遂行の端緒として様々な方向からのアプローチを基礎的実験として行い以下の知見を得た。 A)骨格性下顎前突症患者は外科的矯正治療によって下顎骨を後方移動するがこの際に生じると考えられる上気道の狭窄に拮抗する筋として、舌前突筋であるオトガイ舌筋が挙げられる。ヒトオトガイ舌筋にいかなる単一運動単位が存在するかはこれまで不明であった。我々はこのオトガイ舌筋運動単位のうち呼吸性リズム発射活動を示す運動単位(ユニット)を検索した。その結果、ヒトオトガイ舌筋には少なくとも2種類の呼吸性ユニットが存在し、安静呼吸時の発火パタンから吸息相・呼息相のいずれにも発火する吸息/呼息ユニットと、吸息相にのみ発火する吸息ユニットに分類された。これらのユニットは頭位の変化に伴い発火頻度を変調した。すなわち両者ともに頭部の後屈に伴い増加し、前屈に伴い減少した。発射間隔とその標準偏差に関して統計学的に有意差が示されたことからこれら2種類のユニットが機能的に異なる集団を形成することが示唆された。B)(1)外科的矯正治療患者の手術前後における舌・舌骨を含めた上部気道の形態・位置変化に関連して、頭位を一定に規定し呼気相直後に側面頭部X線規格写真を撮影した。撮影時期は、下顎後退術直前、術後3、6、12ヶ月の時点とした。この解析から舌・舌骨を含めた上気道部の形態には経時的な適応性の変化が生じ、この変化には性差があることが示唆された。さらに術後矯正期間中には男女とも同様な前歯歯軸および下顎骨の位置変化を示したことから、前述のような舌・舌骨を含めた上気道形態の経時的な適応性の変化が生じ、この変化には性差があるものの術後矯正期間中には同様の治療を行うことによって咬合の安定を図っていることが示された。(2)外科的矯正治療患者の手術後の咬合変化に関する研究の一環として、開咬ならびに下顎非対称を伴う骨格性下顎前突症患者の保定期間中の顎態変化を三次元的に分析し術後の咬合の安定に関与する形態学的要因を検討した。その結果、咬合の長期的安定を図る際に特に前歯部における垂直方向の安定を図ることが極めて重要であることが示唆された。C)(1)顎関節症の発症には様々な因子が関与していることはよく知られている。一方、全身関節の可動性が高い患者では顎関節症の有病率が高いことが報告されている。そこで、顎関節症に性別、年齢、関節可動性のそれぞれの因子が及ぼす影響を検討したところ、年齢あるいは関節可動性が増加するごとに、関節雑音を伴う顎関節症の有症状者の割合が増加することが示唆された。(2)顎変形症患者において術前に顎関節の状態を把握することは重要であることから、これらの患者において顎関節症の統計的観察を行い、一般不正咬合患者と比較した。その結果、性別、年齢に有意差は認められなかったが、姿勢不良、外傷既往が有症状者に有意に多く認められた。各種顎態別に有意差は認められなかった。
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