細胞内カルシウムは、シナプス伝達長期増強・抑圧(LTPとLTD)の両者に関与しているが、一旦細胞内カルシウムが上昇したときにLTPとLTDのどちらが弁別的に誘導されるかを決める機構の詳細は不明である。細胞内カルシウムストアからのカルシウム放出はLTPよりもむしろLTDを促進させることが前年度までの研究でわかっていた。従来カルシウム放出は細胞内での化学反応を介して調節されることが知られており、こうして起こるカルシウム放出は神経細胞の活動を反映する活動電位に比して極めて遅い時間経過をとる。したがって神経細胞の活動に追従できるほど充分に高速のカルシウム放出が起こるかどうかは自明ではないし、これまでは不明であった。われわれは、細胞内カルシウム上昇をフォトマルチプライアをもちいて計測することにより、新規のカルシウム放出機構の存在を明らかにし、この機構によるカルシウム放出が活動電位依存的に起こることを報告した。LTPに関しては、海馬スライス標本では生後2-3週には大きなLTPが起こるのに対して生後1週ではおこらず、この生後変化と同期して、活動電位に起因する細胞内カルシウム上昇が増加していくことが前年度にわかったが、今年度はこれをさらに検討し論文として報告できた。これらより、活動電位起因性のカルシウム流入がLTP誘発を、活動電位起因性のカルシウム放出がLTD誘発を規定していることが示唆される。これらの実験から、異なったタイプのソースから供給されるカルシウムがそれぞれ別のカルシウム依存性分子群を活性化して、LTPかLTDという異なった最終結果をもたらすという仮説が支持されているといえる。それがどのような分子であるかを、今後追求する予定である。
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