研究概要 |
大脳皮質の構造と機能は全て遺伝情報によって決定されているわけではなく、生後初期の入力や神経活動によって変化することが視覚野における研究などによって明らかにされてきた。この生後初期の視覚野シナプスでは、一定の頻度の人力が持続的に入るとシナプス長期抑圧が生じることが既に1970年代に研究代表者によって報告され、視覚野の構造と機能が生後の入力に対応して変化する機序の一つであろうと推定されている。一方、神経成長因子の遺伝子ファミリーである脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor,BDNF)などの神経栄養因子は、従来知られていた神経細胞の分化、成長、維持といった長期的な作用の他に、短時間にシナプス伝達効率を増大し、長期増強の誘発や維持に関与することが1990年代半ばになって海馬で報告された。また、視覚野では眼優位カラムの発達にも関与していることが示唆された。一方、研究代表者らは、BDNFが発達脳視覚野におけるシナプス長期抑圧の誘発を阻止することを細胞外からの集合電位記録で見い出し、シナプス長期抑圧へのBDNFの関与を1996年に初めて報告した。 本研究はこの知見にアイデアを得て計画されたもので、BDNFがシナプス長期抑圧を阻止する条件とそのメカニズム解明を目指した。具体的には幼若ラット視覚野スライス標本を作製し、II/III層錐体細胞からパッチクランプ法で記録したIV層刺激に対するシナプス反応を解析した。その結果、1)長期抑圧を起こすには1Hz,10-15分の低頻度入力とともにシナプス後部の脱分極を必要とする、2)BDNFは20ng/mlという低濃度でこの抑圧を阻止する、3)内因性のBDNFはシナプス抑圧を生じにくくしている、4)これらのBDNFの作用はシナプス前におけるBDNF受容体TrkBのチロシンキナーゼ活性化を介する、こと等が明らかとなった。
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