本研究では、微小核細胞融合法を用いてマウス胚性幹細胞にヒト21番染色体(hChr.21)を移入することによりhChr.21を保有するキメラマウスを作製した。生誕した4個体のキメラマウスについて各組織におけるhChr.21の保持率をFISH法を用いて解析した結果、組織によってはほぼ100%でhChr.21が保持されていた。また、これらの中の1個体についてRT-PCRによる発現解析を行った結果、hChr.21上の遺伝子がヒト本来の組織特異的発現パターンを示していた。さらに、これらのキメラマウスと正常マウスの交配によって得られた子孫(F1、F2)では断片化したhChr.21が伝播されており、キメラマウスに比べhChr.21の保持率が低下していることが確認された。 周産期に死亡した11個体のキメラマウス胎仔の解剖学的、組織学的観察では、胸椎の形成不全や生殖細胞の著しい減少が全個体に認められ、頚椎椎体の骨化の遅延や心臓、肝臓、腎臓の組織学的異常が散発した。一方、ヒト2番染色体断片(hChr.2f:免疫グロブリン遺伝子を含む)を保持する4個体のキメラマウス胎仔では、ほぼ全個体に頚椎椎体の骨化の遅延や胸骨の形成不全、前肢の多指症がみられた。また、心臓、肝臓、腎臓に種々の組織学的異常が認められた。 以上のように、ヒト染色体移入によるマウス胚発生への影響は多岐にわたることが明らかになった。なかでも、一方のキメラマウスに特異的で、そのキメラマウスの全個体に共通してみられた異常(多指症や生殖細胞の著しい減少など)は導入したヒト染色体上の遺伝子に関係している可能性が高いと考えられる。また、これらの異常はヒト染色体異常においてもみられることから、ヒト染色体トリソミ-症候群の原因遺伝子や発症機構の解明あるいは治療に役立つことが期待される。
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