平成10年末にCERNに完成予定の反陽子減速器(AD)を用い、反陽子ヘリウム原子の各種精密光分を行うべく、実験装置や実験原理及びCERNにおける実験環境に関する準備を行った。 1)パルス反陽子ビームを用いた分光を行うためには、短時間(マイクロ秒以下)におこる大量な反陽子消滅の時間スペクトルを測定可能な、特殊な反陽子消滅検出装置が必要である。特に、ビーム入射の100nsの間に起きる瞬時消滅の影響をいかに押さえるかが問題であった。我々は浜松ホトニクスと共同でファインメッシュ・ダイノードの光電子増倍管をゲート動作させることで、ADで使用可能な消滅検出器の開発に成功した。 2)昨年までに我々が収集した反陽子ヘリウム原子のレーザー共鳴のデータを解析し、これを理論計算と比較することにより、反陽子原子のRydberg定数を数ppmの精度で決定することに成功した。これは、現在知られている値よりも1桁以上高精度である。 3)ADにおける詳細な実験計画を策定し、CERNの実験審査委員会に提出して審査を受け、AD完成直後から実験を実施することを認定された。この実験は、i)反陽子ヘリウム原子の高精度レーザー分光を行い、反陽子原子のRydberg定数を0.1ppm以下の精度で決定すること、ii)反陽子ヘリウム原子のレーザー・マイクロ波三重共鳴実験を行い、反陽子の磁気能率をppmの精度で決定すること、の二つを当面の大きな目標としている。上記の消滅検出器は、この双方を実施するために必要なものである。これに加え、レーザーの選定、マイクロ波共鳴のためのキャビティーの設計、CERN研究所における実験安全審査等、実験実施に必要な様々な準備を行いつつある。
|