貝形虫類の採集、形態解析、DNA分析を引き続き行い、次のような成果を得た。まず、従来解析の行われてきた海生のCytheracea上科に対し、研究例のなかった淡水生Cypridacea上科貝形虫のポアの調査を3科4属7種について完了した。その結果、同上科に属する貝形虫はすべて最初期幼体(A-8)では3個、成体時にはおよそ300〜2500個のポアを有することが判明した。これらの数は海生Bairdiacea上科貝形虫の成体時の2100、海生Platycopida目貝形虫の最初期幼体時の4、成体時の数百という数に類似する一方、海生Cytheracea上科の2および60〜200という数とはよい対照をなす。すなわち、貝形虫は一般的に成体時に数百以上のポアを有するといえる。付属肢の節数の融合の状態を合わせて考えると、現在もっとも海域で繁栄しているCytheracea上科貝形虫が中生代以降幼形進化の結果現れたことが強く示唆された。これは同上科貝形虫の進化の大傾向をはじめて具体的に指摘するものである。また、Cytheracea上科を除く貝形虫類では脱皮段階後期になるとポア数が大きくなるための個体差が拡大し、種の特徴を正確な数で表すのが困難となることがわかった。これはCypridacea上科やBairdiacea上科で種間の系統関係をポアを用いて論じようとする場合、限界のあることを示唆している。 また、甲殻類に共生することで知られるEntocytheridae科貝形虫(Cytheracea上科)を北海道のウチダザリガニから発見した。これは同科貝形虫の報告としては東アジア地域で初めてのものとなる。試料のポアの解析から、この貝形虫がCytheracea上科としては特異なポアを持ち(A-7幼体で10個、他の同上科貝形虫は全て9個)、Cytheracea上科としては早い段階で分化(おそらく古生代初〜中期)したことが示唆された。
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