聴覚は、ヒトが円滑な日常生活を営む上で重要な感覚である。しかし、聴覚神経系のなかでも、蝸牛神経は外力に対して極めて脆弱である。このことは臨床的にもしばしば経験される。すなわち、聴神経鞘腫手術時に、患者の残存聴力が、手術操作が原因となって失われることがしばしばある。これは外力によって蝸牛神経損傷が引き起こされ、結果的に蝸牛神経変性が生じることに原因がある。この外傷性蝸牛神経変性の病態を解明し、それに対する有効な対策を確立することを目的として、「定量的蝸牛神経損傷モデル」の確立を目指してきた。そして、本年度の実験目的、実験過程にコンピューター処理を導入することによって実験の精度を高めること、を達成することができ、 最終的に本モデルを完成することができた。その結果は、すでに公表の運びとなっている。このモデルは、蝸牛神経の中枢側axonに圧迫損傷を加えることによって生じる蝸牛神経変性を、ラセン神経節細胞数の変化から定量的に評価できるものである。その後、このモデルを使用して種々の実験検討を進めている。すなわち、損傷蝸牛神経の変性を防止することを目的として、小脳橋角部脳槽に対して各種のneurotrophinsを投与する実験などを行っており、その一部はすでに公表予定になっている。このように、我々が開発した定量的蝸牛神経損傷モデルは、今後さまざまの知見をもたらすと考えられる。
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