本研究はプラトンの『国家』における市民の生存益を主題としている。研究代表者は、はじめに生存益が問題とされる文脈を特定した。そうすることによって、市民の生存益には種々の制約が課せられていることが明らかになった。本研究の達している結論からいえば、この制約は外的制約と内的制約に区別される。外的制約は、主として体育と医術の協力関係という文脈で論じられるが、国家を成立させている枠組みを自壊させないための条件として提出されている。それは欲望の充足を際限なく放任しておく贅沢国家への警鐘でもあった。いっぽう内的制約とは、その核心に「身体の所有」という問題を抱え込む厄介なテーマとならざるをえないが、制約の一つの表現としては、犯罪の加害者と被害者との関係において、賠償の特定化という問題において、プラトンは十分な検討を加えていないこととして現われ、またもう一つの表現としては、結婚と子作りの国家管理にあたる守護者ないし固有の意味での支配者に関わる虚偽意識という問題として、現れている。 また研究分担者は、プラトンの『国家』第一巻において、「「術の類比」の射程に関する研究」を行なった。すなわち、『国家』第一巻は正義の「何であるか」を問いうる新たな語りの地平を生成させ、人のあり方と国家のあり方が同じ一つの問題として研究されなければならない次第を明らかにしている。そのことによって第一巻は、第二巻以降の叙述の仕方を準備し、かつまた定めているのである。
|