平成9年度は、今後の考察のための基礎作業として、古代哲学における「自然主義的」思考とそれと対峙する思考の原型を、とくに魂ψμχηという概念の理解の相違において確認した。まず、叙事詩から悲劇に至る文学的伝統における魂の概念の変遷を俯瞰した後、医学文書において自然学的思考からの理解の萌芽的形態を確認し、さらに弁論家ゴルギアスの『ヘレネ頌』にそれが受容され変容されている仕方を分析した。こうした伝統との対比のもとで、プラトンの初期対話篇におけるソクラテスの魂の概念が、自然主義的から離脱し、徹底して規範的概念空間の内部で倫理的規範の生成する場として捉えられていること、そしてそれは彼の対話活動(エレンコス)との密接な関係において理解されるべきことを見届けた。とくに対話篇『ゴルギアス』においては、プラトンが『ヘレネ頌』での魂の理解と対比的な仕方で、魂の概念を理論的に深化していることを明らかにした。また他方でアリストテレスについては、『デ・アニマ』の翻訳と注釈を進めるなかで、魂の概念が自然学と倫理学とを理論的に横断する位置にあることの意義と問題を解明しつつある。さらにこの著作での考察を背景とした彼の『命題論』での言語論について、一方では古代のアリストテレスの注釈家やイスラムの思想家、中世のスコラ哲学者、ブレンターノらにおいて被った心理主義的変容を確認し、他方ではフレーゲ、ダメットの言語観との類比と相違を分析して、心理主義とも自然主義とも異なるアリストテレスの言語哲学の意義を明らかにした。以上の考察によって、古代哲学の視座から現代の自然主義を再検討のための一つの手がかりを得た。
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