研究の目的は、現代の自然主義(Naturalism)について、アリストテレスを中心とした西洋古代哲学の視座から再検討することである。自然主義とは、存在するものを自然科学によって捉えたかぎりにおいて認め、また自然科学の方法に基づいて諸事象を説明する立場である。本研究では、まず、現代の自然主義的自然観と対比しつつ西洋古代の自然観を俯瞰し、さらにより具体的な場面へと分析を進め、現代の<心>と<言語>めぐる自然主義的思考にとっての基本的な問題を取り上げ、その問題が形成される文脈を古代哲学の視座から、歴史的に、また理論的に考察することを目指した。 本研究を通じて、古代の「魂」の概念についての最重要著作であるアリストテレスの『デ・アニマ』のテキストの校訂と翻訳、詳細な注釈をおこない、考察の基礎資料とした。2.「自然」と「規範」との関係についてプラトンとアリストテレスの捉え方を比較しつつ考察し、プラトンが両者を連続的に捕らえているのに対して、アリストテレスは価値や規範が、自律的であると理解していることを確認した。3.アリストテレスの言語哲学と心の哲学の解釈の歴史を辿り直し、自然主義にとってその説明が課題となっている「志向性」(Intentionality)概念の歴史的背景を確認した。とくに、アリストテレスが言語の表示対象と考えた「思惟された事象」noemaは、概念史的には志向性概念の起源であるが、新プラトン主義者を中心とした解釈史のなかでは、パンタスマ(phantasma)やパンシアター(phantasia)と類似したものと受け取られ、さらにそれらは心的な像として解釈されていく。そのような心理主義的解釈を支える新プラトン主義の哲学を解明し、彼らの因果性を斥けた心と言語の理解が、志向性の概念の問題性を準備していることを展望した。
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