紀元前三世紀、アショーカ王時代に起こった仏教僧団内部の事件と、大乗仏教成立の関連を調査している。本年は説一切有部の基本資料である『婆沙論』と、大衆部の歴史書『舎利弗問経』に焦点を絞ってアショーカとの関係を解明した。律などの客観的資料を用いて作成した仮説を、これらの資料に適用してみたところ、『婆沙論』の中の大天伝説と仮説はきわめてよく一致することが判明した。大夫の伝記そのものは別の源泉からもたらされたものであるが、そこで示される部派分裂の状況は、アショーカ時代に起こった現実の事件をそのまま反映していることが確認される。一方『舎利弗問経』の方は、それが大衆部の資料であるにも関わらず、部派分裂事件の伝説には上座部的な要素が見られる。すなわち『舎利弗問経』は大衆部が自分達の権威を主張するため、上座部の伝承を利用して作成した資料である可能性が考えられるのである。この点を考慮するなら、『舎利弗問経』の伝説をそのまま大衆部本来の伝承として受け取るわけにはいかない。上座部側情報との混成体として、より詳細に分析しなければ、歴史資料として有効に利用することはできないという事実が判明したのである。 以上の研究成果は、『仏教研究』最新号に英文で発表予定である。
|