アショーカ碑文と律蔵文献を利用した仏教僧団史研究は昨年度をもって一応の完結を見た。本来単一の教義を保持していた仏教が、アショーカ時代、破僧の定義変更によって僧団運営の方法を根本的に転換したため、多くの新たな教義が並立することとなり、これがのちの大乗仏教へと展開したという仮説を、文献資料によって論証することができた。本年度は、この成果をさらに発展させるため、いくつかの作業を行った。まず上の論証で未だ不十分であった点が数カ所あるが、この不備を補うために新たな証拠を発見し、“Buddhist Sects in the Asoka Period(8)"として発表した。これによって仮説の正統性が再確認された。また、従来一般的に用いられていた歴史資料、たとえば南方上座部のDipvamsaなどからも、私の仮説を基にした新たな視点で読めば、新たな情報を発掘できるのではないかと考え、その再評価の作業に着手した。本年度はDipavamsaの分派記事を集中的に調査し、そこには従来考えられていたような根本分裂の概念が存在しないことを明らかにした。初期の研究者たちの安易な図表化のせいで、仏教史の大枠は誤った先入観を以て捉えられていたのである。この点を指摘するため「部派分派図の表記方法」を発表した。この成果をもとにして、これらの歴史資料と、先のアショーカ研究の結果を有機的に結びつける理論が確立できるのではないかと考えている。第三の作業として『大毘婆沙論』の歴史的研究を続行中であるが、なにぶん大部な資料であるため、未だ全体を読了するにはほど遠い段階にあるが、来年度の重点課題として継続していく。
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