本研究の対象となる「ベンドール写本」とは、今から100年前、英国の梵語学者セシル・ベンドールによってネパール王室礼拝堂内のドゥルバル・ライブラリー(現在のネパール国立公文書館)で見出された、十世紀前に遡る一連の梵文古写本類を言う。本研究は、それらベンドール写本の中から、仏教関係写本の全体像を明らかにし、テキストを作成して公表し、インド仏教の原典研究に貢献することを目的とするが、本年度は、研究代表者によってベンドール写本中に発見された未知の『倶舎論』注釈書断簡の解読を中心とする研究を行った。貝葉にギルギット・バ-ミヤン・タイプII文字で書かれたこの断簡は、ネパール系梵文写本の最古層に属し、『倶舎論』注釈書の一部(第1章第10偈dより第11偈<無表の定義>)であることが判明した。研究代表者はこの断簡を『倶舎論』本論およびそれに対する既存の三種の注釈書(梵文ヤショーミトラ疏、チベット語訳安慧疏・満増疏)の関連箇所とともに精読して、梵文テキストを作成した。なお、ベンドール写本についてはすでにヨーロッパの仏教研究者の注目するところでもあるので、かつてベンドール自身が百年前に撮影した写真を保存しているドイツ・ゲッチンゲン大学でそれらを調査し、現在はノルウェー・オスロ大学で研究を続けているフォン・ジムソン教授およびイェンス・ブラ-ヴィグ教授に研究の進捗状況についてのレヴュ-を受けた。
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