研究概要 |
本調査研究は長崎県下にのみ残存する、いわゆるカクレキリシタンの現在における信仰の本質を明らかにすることにあった。いまだにカクレキリシタンといえば、「隠れてひそかにキリスト教信仰を守りつづけている人々」という、実態から乖離し、誤ったステレオタイプ的な認識しかなされていないのが現状である。カクレキリシタンとは仏教や神道を隠れ蓑とし、一神教としてのキリスト教を守り続けているのでは決してないのである。このような信仰のあり方は明治時代以降における変化ではなく、実はキリスト教伝来当初よりみられたものではないかと思われる。16,7世紀の日本におけるキリシタンへの改宗(受容)は、一神教への回心ではなく、伝統的な仏教や神道や民俗信仰の上にさらに新たな南蛮渡りのキリシタン的要素を付け加えただけではなかったのか。 日本におけるキリスト教の受容と土着化というテーマを実証的に明らかにしていくために、現存するカクレキリシタンの信仰の姿を調査した結論は、すくなくとも現在のカクレキリシタンは完全に日本の民俗信仰と混融し、重層信仰、現世利益、祖先崇拝、儀礼主義的な特徴を有する、まさに典型的な日本の民俗宗教のひとつであるということである。 生月島は殉教者や海岸に流れ着いた寄り人など、不遇の死を遂げた者や、祀られることのない死者の霊を供養する死霊様が多数存在する。このことはタタリを強く恐れていることを示している。典型的なタタル霊としての死霊様のほかにも、島内には無数の祠が存在する。また黒不浄よりも赤不浄を強く嫌うのもこのタタリを避けるためであり、異常とも思えるタブーの数々は、その多くがタタリを引き起こさないようにケガレを避けようとするためのものである。いまだにカクレキリシタンを止められない本当の理由もタタリを恐れてのことである。
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