本研究は、六朝時代末期における弥勒信仰の変質過程を明らかにするため、救世主的弥勒信仰を語る六世紀中国撰述の疑経を直接の研究対象とし、その成立にあたって五世紀の道教の終末論と救済思想がどのような影響を与えているのかを比較宗教史的な視点から考察するものである。三年間の研究期間内に、敦煌写本によってその存在が知られる四点の疑経について、テクストの校勘と解読を行ない、言語および思想内容について道教経典との比較検討を試み、この問題の解明に向けての文献的基礎を構築する予定である。本研究において考察の対象とする原典史料は、敦煌写本によってその存在が知られる『法滅尽経』、『般泥〓後比丘十変経』、『首羅比丘経』、『普賢菩薩説証明経』の四経典である。これらはいずれも六世紀に成立した中国撰述の疑経と見なされる。本年度はこの中から、六世紀の初めに成立したと思われる『法滅尽経』と『般泥〓後比丘十変経』を取り上げた。二つの経典は、仏教において法滅の危機を表明した『大般涅槃経』の傍系経典から派生したものであり、終末時の大災害と救済者の出現を予言した『太上洞淵神呪経』、『霊宝天地運度自然妙経』、『正一天師告趙昇口訣』を始めとする五世紀の道教経典に影響され、法滅の世に大災害が起き、その後に弥勒が世に降ると説いている。ここではとりわけ弥勒出現の契機として設定されている大災害の予言的な記述における道教経典との共通性や影響関係の解明を試みた。
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