本年度の目標のうち、(A)田辺元関係の資料調査・整理については、島雄の手によって精力的に推進され、戦後北軽井沢に隠棲して以来の田辺をめぐる人間的・思想的交流の実体が大幅に把握・解明されるに至った。なかんずく同年代の作家・野上弥生子との「恋愛」と称していい関係は、従来の風説を上回る豊饒・濃艶な内容をもつことが実証された。我々の研究が近代日本の思想史・文学史に対する稀有の貢献となり得る予感をもつ。 他方(B)の下村寅太郎研究に関しては、著作集最終巻の編集が竹田の手によって行われた。本巻は主として著者の遺稿、未定稿、書簡、日記等によって構成されるが、もっぱら、下村邸に遺された膨大な文書からの選択・編成に拠らなければならないため、なお多くの作業が必要となろう(加えて、さらに詳細な年譜と著作目録が付される)。いわば京都学派最後の生き残りである下村の証言は、保存され検討されるに十分な価値を有する。 準備作業に終始した初年度の段階で何らかの知見を申し述べることは大胆過ぎるが、「京都学派」なるものが哲学的・思想的な「学派」であるよりは、むしろ人間的・人格的な相互交流による「学団」であるとするわれわれの主張の正当性は、ますます大となったとする印象は否むことができない。しかしそれが短期間の単なる個人的「交流」に終わらなかったからには、そこには当然、一貫する学問的エ-トスの存在と継承が想定されなければならない。それは果して何であったか、なぜそれが京都(大学)に生まれ、東京(大学)では生まれ得なかったか等々に、我々の爾後の焦点が絞られていくであろう。
|