本年度は研究初年ということで、その基礎的な洞察として歴史的・文化史的な側面に注目し、「民族主義の音楽」の意味や「チェコ国民音楽」の概念の問題を、19世紀プラハの美学思想に言及しつつ検討を行なった。具体的な研究の視点と本年度に得た新たな知見は以下の通りである。(1)19世紀以降「チェコ国民音楽」の概念は、まずヘルダーの思想に基づくフォークロリズムの音楽の方向と、当時ヨーロッパの進歩的プログラムに沿った「標題音楽」の方向の中で論議された。即ち、民謡の模倣に依拠する方向を否定したスメタナは、プラハの美学者O.ホスチンスキーが提唱する「詩と音楽の融合による国民芸術の創造」という思想を受け継ぎ、またリストらによる新ロマン主義音楽全盛の影響を受けて「具体的な形式による創作」を標榜し、近代芸術としての「国民音楽」の理念を確立しようとした。スメタナの思想は、国民様式の決定における美的価値基準をめぐる「受容」の問題として、つまり批評家ネイェドリーのスメタナ擁護論を通してより明確化されたといえる。それらの知見は「20世紀前半の『国民楽派』受容」として日本音楽学会誌に投稿し採択された。(2)とりわけ民族主義の局面としてスメタナの音楽の内容性に認められる「英雄なるもの」と「素朴なるものの」の存在という相補的側面について、いわゆるロマン主義とリアリズムの両面からスメタナの精神世界をより深層的に考察するに至った。そのようなスメタナのリアリズム思想がいかに20世紀チェコ・オペラにも踏襲されているのかを、民族藝術学会誌にも一部発表した。本年度は、主にスメタナの思想面に注目し研究を行なった。さらに次年度は、これらの知見を作品分析と有効に関係づけらがら、詩と音楽の統合としての「交響詩」を中心に分析的研究に取り組み、スメタナが「民族主義」と「モダニズム」の融合をいかに実現していったのかを探る。
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