本研究は、19世紀チェコの作曲家B・スメタナの音楽と思想について、それを「国民楽派」の視座から再考したものである。ここではとくに、19世紀、西洋音楽の発展における「民族主義」の実現として、スメタナの「交響詩」の美的諸相に焦点をおいて洞察し、さらに「受容」の観点からも彼の理念を追求していった。標題音楽のカテゴリーに属する交響詩は、音楽外的理念に基礎をなすものとして、F・リストによって開拓されたジャンルであり、それはまた、音楽における「ナショナリズム(民族主義)」の現象とほぼ同時代に生起した方向として理解される。そして、「チェコ国民楽派」の創始者と称されるスメタナは、(従来の)フォークロリズムの音楽に基づく保守的な民族主義に対し、寧ろプラハの美学思想の影響のもとに、より具象的な標題音楽を掲げて西欧の「新ロマン主義」をめざしたのであった。同研究は、そうしたスメタナの「交響詩」の中から最も著名な《我が祖国》(1874-79)に注目し、その美的諸相(美質)について深く洞察したものといえる。本研究で得た新たな知見は以下の通りである。1.スメタナは(同作品の中で)、何よりも「民族復興」の理念に基づいて、チェコ古代の神話・伝説・中世フスの宗教改革といったチェコ民族の栄光の歴史を「象徴的に音楽化」することにより、また国民的生活や自然を描写することによって、いわゆる詩的で理想的な音楽を追求していったと見ることができる。2.即ち、ボヘミア地方の伝統的音楽を、スメタナは「詩と音楽の統合」という、当時ヨーロッパの進歩的な思想の中へと象徴的に融和することによって19世紀のチェコにより相応しい「近代的な国民音楽」を創作しようとしたのである。そして、3.このジャンルにおけるスメタナの貢献を考えるなら、それは、音楽を通して「民族主義」と「モダニズム(近代主義)」の理念の融合をいかに成し遂げたのかを明らかにした点にあったと考えられる。本研究の成果は、「スメタナ『交響詩』の美学:19世紀における『民族主義』の実現」と題して美学会誌『美学』に投稿中である。
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