本研究の初年度の成果として、まず、中世のイギリス絵画史研究の柱として、写本絵画、板絵、壁画という対象があり、さらに補助的な材料としてステンド・グラスとタピスリ-があることが了解された。時代的にみれば、中世のイギリスにおいては、写本絵画の中心性には揺るぎのないものがあるというのが一般的認識である。内戦や宗教改革運動等の影響を受けて、板絵や壁画が破壊にさらされたということを差し引いても、この事実には、変わりがないようである。ことに、13世紀から14世紀にかけては、大陸からのさまざまな影響を受けながらも、イギリス画派の名で呼び得る水準のものが確立されていた。地域的にも、イ-スト・アングリアからロンドン、カンタベリ-にかけてがその中心的な制作地域であった。14世紀まででは、板絵に比べると、壁画の方は、どちらかというと素朴でローカルな様式のものが多く、これに対し、板絵は、写本絵画との近さを示したり、先進的な画風も取り入れたり、独自の展開をみせている。なかでも、プランタジネット朝の発展とともに、写本絵画や板絵を中心に、イタリアなど大陸の影響を吸収した洗練された宮廷様式の発展がみられる。14世紀後半は、ヨーロッパの辺境であるイギリスにおいても、国際ゴジック様式の影響が観察されるが、この段階では、イタリア的なものは、フランスやネ-デルランドを経由して入り込んでいるとみられる。こうした段階を踏まえて、イギリス15世紀絵画が誕生するのだが、前世紀に比べると、写本絵画は、いくぶん衰退し、数少ない遺例ながら、板絵の方が、大陸の美術の発展を複雑に反映した独自の展開を示している。今後は、撮影したヴィジュアル資料を比較検討を深め、中世後期絵画史のなかでのイギリス15世紀絵画のさらに系統だった理解をすすめることが目標である。
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