「大陸のケルト」考古学の名祖である「ハルシュタット様式」から500年を経た「ラ・テーヌ様式」の金工美術の「文様」は、ケルトという文化集団の世界観を表現している根元的な造形であるとの見地から、前年度に続きこの形態分析を進め考察した。そのなかでとくにケルト「渦巻文様」は、きわめて抽象的な形象であり、古代ギリシア・ローマ美術における「人像主義」の美術の対極にある美術といえる。その造形的な特徴は、螺旋ないし渦巻の形象にある。ギリシア・ローマでは、その「神像」は「人間の姿形」で表現されるのにたいして、ケルト美術には、本来そうした原理はなく、「反・人像主義」の表現に徹していることが確認できる。すなわち文様表現に特徴的な「抽象」の特徴は、美術において「人像」を中心的な主題としていく古典の系譜にないところの、非対象美術の原理のなかにある。ケルト文様はアルプス以北の文化圏にあって、特定の対象を表現するのではなく、彼らの観念を表現するいわば世界像なるものを、非対象=抽象によって「構成する」という原理をもつことが、ケルトの金工の文様の広範な展開の確認によっても確証が得られた。 この文様美術の特色を、ケルトの宗教や神話の諸特徴との関連も明らかになって来ている。アイルランドに伝わるケルト神話のなかに反復される「変容」の主題は、古代ケルト社会においてドルイド(僧侶・賢者)によって説かれた「霊魂不滅」 (霊魂が別の肉体に転生するという観念)を彷彿とさせるが、渦巻文様が表す無限の変容は、神話の表現と比較することによって、そうした古代ケルトの観念に照応することが確認できる。大陸のガロ=ローマ社会ではローマの支配により消滅したが、「島のケルト」において伝承された神話が、存在の形態の単一性よりも、その複数性をつねに表現しようとするものであることが、神話の分析の側からも得られるという成果も得た。
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