ケルト美術は20世紀半ばにひとつの衝撃をもって、美術史学と表現の双方から注目を浴びる。三次元のイリュージョンをかたちづくる「描写」の表現が、ポスト印象派を経て1907年ピカソのキュビズムによって解体されようとするその同年、前述のヴォリンガーの『抽象と感情移入』が論文となり翌年刊行され、後者においてケルトを含む北方ヨーロッパの古代美術が、「抽象」というキー概念の下に浮き彫りにされた。それはフランス古代つまりガロ=ローマ時代のケルト美術を遺産とするフランスのシュールリアリスト、A・ブルトンによる「ガリア美術」の評価というかたちでも20世紀美術史に鮮やかに刻まれている。すなわち「ケルト美術の非・人像主義と抽象性」は、近代美術および美術史学の転換に作用した「抽象」の問題から照射される特質として捉えられる。ケルト美術の「抽象」表現は、具体的な神々や事物の「像」をしめして直接的にその意味内容を伝える古代ギリシア・ローマ美術とは異なり、狭義の図像学的な解釈の対象とはなりにくい。しかし抽象的な「形態(フォルム)」の表現的特質を記述し、ケルト文化に固有の諸観念を導き出すことは可能である。とくにローマ化する「文様」や、とくにローマ美術から学んだ像を「抽象的に変形した神像」の造形そのものに、古代ケルト文化の諸観念が表象されていると考えられる。したがってケルト美術の抽象性、非具象性を検証するために、「神像」的図像が変形されるケースの特色を考察し、それらが当該社会の神的観念や自然観をいかに表象しているかを考察した。具体的には古代ケルト・コインの図像ないし神像の表現と、上述の20世紀におけるケルト美術への評価と抽象的美術表現の問題を検討し、ヨーロッパ美術史のパースペクティヴにおけるケルト美術の「抽象」的造形の表現的特質を導き出だした。その結果、近現代美術の試みとケルト美術の特質が共有する表現のなかに、宗教的想念を含む世界観の表象を考察すことによって、当研究成果が、今後のケルト美術がヨーロッパ美術史のパースペクティヴに置き、多角的研究を開発する方法論をしめすものであることを確認できた。
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