研究概要 |
本年度は,記憶表象拡張事態における活性レベル変容の問題と,変換の顕著性の問題をとりあげた.記憶表象の拡張事態は,複数の刺激を学習することにより,記憶系にそれらに対応する複数の記憶表象が形成され,さらに,学習とは無関係の記憶表象が生成されて,記憶表象のネットワークが構成される事態を指す. この考えによれば,2刺激が提示されると,それらを統合する働きが生ずると考えられる.そのことを確認するため,大きさと色と形の3属性からなり,各属性が多数(約20種)の値をとることのできる視覚刺激を用意した.これらの属性のいずれかに着目するよう指定し,継続的に提示される2刺激間で指定属性の同異判断を求める実験を行った.その結果,指定属性の同異判断は,各刺激に対応する独立した記憶表象間の比較によってなされるのではないことが示唆された.むしろ,2刺激が属性を単位として相互に結合され,同異判断は各属性の活性のレベルに依存する可能性があることが考えられた. 次に,変換の顕著性であるが,上の実験から,色と大きさにくらべ,形の変化を検出するための所要時間が有意に長いことが明らかにされた.これとは別の,やはり2刺激の同異判断を求める実験では,サイン波形と鋸歯波形を配置して刺激を作成した.この実験では,波形,水平方向の周期,垂直方向の周期,振幅の4属性の各々が2値をとることができた.属性ごとの値の相違(変換)は,同異判断に相互に独立に寄与するが,その程度には大きな差異は認められなかった.むしろ,同異判断ではなく,類似性やSD評定のように各刺激を単独で評価する場合に,属性の影響が認められた.このことは,刺激を構成する属性の顕著性は存在するが,それは同異判断に影響を及ぼさないことを意味する.このことは,意外にも,刺激間の変換の顕著性は無視し得ることを示唆する.
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