本研究は、顕在記憶遂行において重篤な障害を呈する健忘症患者を対象として、障害が及んではいない潜在記憶に焦点を当てたリハビリテーション・プログラムを開発し、そのプログラムの効果を実証的に検討することを目的とした。今年度は、これまでの研究成果を2本の論文としてまとめ上げた。小松(1999)は、記憶リハビリテーションのための認知神経心理学的学習モデルを理論的に提唱した。このモデルでは、(1)誤り喚起-誤り排除と、(2)努力喚起-努力排除という2つの次元によって、健忘症患者の学習状況を詳述する。これら2つの次元を交差させることにより、4つの異なる学習プログラム(生成/手がかり消失/多肢選択/対連合)を考案した。さらに、Komatsu et al.(in press)は、これら4種の学習プログラムの効果について、コルサコフ患者を対象に実証的検討を試みた。実験1では、顔写真と名前の連合を材料として取り上げ、各学習プログラムごとに毎週2回2週間にわたる訓練を実施した結果、誤り排除型の2つの学習プログラム(手がかり消失と対連合)は、誤り換気型の2つのプログラム(生成と多肢選択)に比べ、より有効であることを証明した。実験2では、訓練時における誤反応の発生を低減させた改訂版手がかり消失法を用いて、5セッションから成る追加訓練を試みた。この結果、誤り排除/努力換起型学習プログラムによって、重度の前向性健忘を示すコルサコフ患者でも、人名を知識ベースの一部として新たに獲得できることを実証した。しかしながら、一部の患者は訓練セッション全体を通じて遅延再生に一貫して失敗していたため、学習プログラムの有効性は患者の病状に依存していることが示唆された。
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