本研究は、顕在記憶遂行において重篤な障害を呈する健忘症患者を対象として、障害が及んではいない潜在記憶に焦点を当てたリハビリテーション・プログラムを開発し、そのプログラムの効果を実証的に検討することを目的とした。潜在記憶に関する認知心理学的研究の成果を踏まえ、記憶リハビリテーションのための理論的枠組み構築を試みた。この枠組みでは、(1)誤り喚起―誤り排除と、(2)努力喚起―努力排除という2つの次元によって、健忘症患者の学習状況を詳述する。これら2つの次元を交差させることにより、4つの異なる学習プログラム(生成/手がかり消失/多肢選択/対連合)を提案した。さらに、本研究で提唱した学習プログラムをコルサコフ患者に適用し、その有効性を実証的に検討した。日常生活面での適応という観点から最も重要な課題となる顔―名前連合を材料として取り上げ、各学習プログラムごとに毎週2回2週間にわたる訓練を試みた。この結果、誤り排除型学習プログラム(手がかり消失と対連合)は、誤り喚起型学習プログラム(生成と多肢選択)に比べ、より有効であることを証明した。加えて、訓練時における誤反応の発生を低減させた改訂版手がかり消失法を用いた実験では、誤り排除/努力喚起型学習プログラムによって、重度の前向性健忘を示すコルサコフ患者でも、人名を知識ベースの一部として新たに獲得できることを実証した。しかしながら、一部の患者は訓練セッション全体を通じて遅延再生に一貫して失敗していたため、学習プログラムの有効性は患者の病状に依存していることが示唆された。
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