本研究の目的は、言語情報と空間情報処理過程におけるワーキングメモリの脳内機構を、脳の生理学的基礎データから測定することであった。認知心理学の領域では、Baddeley(1986)によるワーキングメモリモデルの下位システムである音韻的ループと視覚・空間的スケッチパッドのそれぞれの処理に対応したワーキングメモリ機能を想定した実験データが蓄積されつつあるが、一方で、その脳内機構の解明が必要であると考える。そこで、本研究では、音韻的ループと視覚・空間的スケッチパッドに対応した言語情報と空間情報処理過程について、生理学的実験データから検討することを目的とした。 そこで、ワーキングメモリ課題負荷の下で事象関連電位の測定を行い、さらに事象関連電位のトポグラフィ測定をから、言語情報と空間情報のそれぞれの処理過程と対応した脳の部位の推定を行った。 言語刺激では、かな文字を刺激材料とし、空間刺激にはドットを刺激材料に用いた。そこでは、先行する記憶刺激と一致した条件(inset)と、記憶刺激と一致しない条件(outset)を設定して、また記憶刺激のセットサイズを3桁と8桁に変化させた。さらに、事象関連電位のトポグラフィ測定を行うことにより、言語刺激(かな)と空間的刺激(ドット)に対応したワーキングメモリの脳内部位の推定を行った。 結果、事議関連電位のP300は、言語刺激では、ドット刺激よりも振幅の増加が認められた。この傾向は3桁よりも8桁の方が顕著となった。また、トポグラフィ測定から、P300の頭皮上分布は、前頭葉を中心として分布していることが分かった。 一方、このP300の電位の大きさは被験者により差があった。電位の増加はワーキングメモリ容量の大きい被験者の場合に顕著であり、さらに、前頭部位に限局して増大する傾向が、トポグラフィの結果から認められた。
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