本研究は、小児の注意欠陥多動障害(ADHD)の成因を探るために、ADHDをもたらす可能な原因の1つが海馬の機能不全であるかも知れないという仮説の下に、そのモデル動物を作成することを意図して、胎生期でのmethy lazoxymethanol(MAM)投与処置によって作出したADHDモデル動物について放射状迷路学習事態での場所および手掛かり学習課題および遅延学習課題下での行動分析を行うとともに、海馬を中心とした組織学的検索を行い、両者の相関を求める一連の実験を行った。 得られた行動的結果は、l)胎生15日齢MAM投与処置によるADHDモデル動物は場所学習課題ではほとんどチャンスレベルに留まり、顕著な空間認知障害を示したのに対し、手掛り学習課題では対照群と場所学習課題群との丁度中間に位置する学習成績を示し、この群はうまく手掛かりを利用することにより、この空間認知障害を改善することができた、2)胎生13日齢MAM投与処置によるADHDモデル動物は遅延課題下で顕著な空間的場所作業記憶(working memory)の障害を示す、という行動結果を示した。これらの群で観察された、作業記憶に基づく顕著な空間認知障害は、海馬を実験的に損傷した動物で見られる行動結果と非常に類似しているということができる。さらに、この空間認知障害は、胎生期MAM投与によってもたらされる小頭(脳)症による脳重の低下とではなく、海馬CA1領野で見出された形態学的異常(海馬錐体細胞層の形成異常および錐体細胞の集団的異所形成)の程度と相関していた。 これらの知見は、我々が作成した実験動物がADHDモデル動物として適用できることを示唆するとともに、我々が仮説したように、小児の注意欠陥多動障害(ADHD)の発症が、周産期における海馬の発達的・形態学的異常およびその機能不全を成因とする可能性を示したものである。
|