研究概要 |
[目的] 文法性判断において係留効果(対比効果)を見いだしたNagata(1992)に対するCowart(1994)の批判に応えるため,本実験では主観表現を含まない文型だけを使用して実験的検討を行った. [方法] 文材料:下接の条件を逸脱した以下の2種類のtarget文(但し,tは痕跡,添字は同一指示)と文構成要素を共有する(c)ないし(d)の係留文を使用した. (a)自殺した夫が,妻は[np[s・[st,5年間t,一緒に暮らしていた]という]女と,]会った.(NP抽出文) (b)5年間,妻は[np[s・[s自殺した夫がt,t,一緒に暮らしていた]という]女と,]会った.(ADV抽出文) (c)娘の夢が,母親は[np[s・[st,イギリスに行くことだ]という]思いを]持っていた.(NP前置文) (d)直ちに,息子は[np[s・[s独り暮らしの老母が倒れた]という]知らせを]聞いてt,帰省した.(ADV前置文) 手続き: 3(係留文:NP前置文,ADV前置文,無)×2(target 文:NP抽出文,ADV抽出文)の要因計画,係留文条件のみ被験者間変数で,場依存性の高い被験者だけを使い,各群14名.係留文およびtarget文の文法性の判断を7段階で被験者に求めた.統制群は係留文の判断の代わりに,3桁数字2個の加算課題を行った. [結果と考察] ADV前置文を呈示された群では両target文の判断が統制群に比べより非文法的だと判断された(対比効果) この効果はNP前置文を呈示された群がNP抽出文を判断する際にも見られた.しかし,同化効果は得られなかった.対比効果を引き起こした刺激要因として係留文とtarget文の文法性のレベルと両文の表面構造上の類似性を指摘した.以上より,下接の条件という統語理論に関わる原理を含む文の文法性判断も,係留刺激という心理学的要因の影響を受けることを明らかにした.
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