本研究の目的は、幼児期から青年期までの子どもが、大人の権威や権限をどのように概念化しているのか(権威概念の発達)、規範や権威に縛られない個人の決定権をどうように意識化し概念化するのか(個人概念の発達)、及び大人ー子ども間のさまざまな社会道徳的葛藤場面において権威の受容と自己決定権の意志をどのように使い分けるのかについて明らかにすることである。本年度は、以下の点からを検討した。 1.幼児の母親が日常生活の中でどのようなルールを幼児に提示しているかを調査し、また、幼児の様々な逸脱場面にどのような態度でかかわろうとするのかについても調査し、幼児の家庭内での社会道徳的発達環境を検討した。この調査には浦和市内の幼稚園の保護者252名が協力した。日常ルールは「要請のルール」と「禁止のルール」ごとに自由記述を通して収集された。その結果、母親は他者が身体的に傷つくおそれのある場面(道徳領域)と幼児自身が身体的に傷つくおそれのある場面(個人領域の自己管理)、公衆道徳を乱す場面(慣習領域と道徳領域)に対して多くのルールを提示し、またそれらの場面に対して厳しい態度でかかわろうとすることが見出された。 2.幼児と母親との間の社会道徳的葛藤を収集し、そこでの社会的相互作用を分析することを通して、幼児がどのような場面で自己決定を主張し、それに母親がどのように対応するかを分析することにより、幼児の自己決定意識と社会道徳的概念(権威、慣習、道徳)の発達の基礎となる社会道徳的経験を検討した。この調査は浦和市内の幼稚園の保護者30名を対象に実施された。母親は日常的な幼児の反抗反発場面とそれに対する自分のかかわりについて1ヶ月間記録した。その後、その記録に基づいて個別面接が実施された。その結果、自己管理と慣習場面の逸脱に対してはやや強い態度でかかわるものの幼児が反抗した場合には「あきらめる」ことが多いこと、道徳、自己管理、公衆道徳の場面ではそのような「あきらめ」は少ないことが見出された。 3.幼児が大人の権威をどのような場面で受容しどのような場面で拒否するのかについて、浦和市内の幼稚園の幼児56名を対象に個別調査が実施された。幼児は自由意志場面での大人の指示命令を拒否すること、道徳的な逸脱と慣習からの違反を指示する大人の権限を拒否することが見出された。 4.道徳、慣習、自己管理などの社会道徳的な場面で、教師の権限の正当性を児童生徒および教師がどのように概念化しているのかについて検討した。この調査は、小学校5年生、中学校2年生、学校教師を対象に質問紙法により実施された。その結果、小学生よりも中学生の方が自己管理場面での教師の権限を拒否することが多かった。教師は児童生徒の行動全般について教師の権威を認めるのではなく、場面に応じた権限を正当化していた。
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