本研究は、病気の社会的・心理的意味を重視する健康心理学の視点から、人々が心身不調を感じたときにとる多様な求援助行動を、個人が不調を意味づけて自分なりに納得のいく物語(narrative)を作り上げる過程と考え、そのプロセスを明らかにしようとしたものである。 おちに量的分析を中心とした昨年度の調査に引き続いて、平成10年度には、数名のインフォーマントを通して家族や専門職などとの相互作用によって本人のnarrativeが形成される過程を把握し、さらに疾病体験の記述などの資料分析を通じてそれを確認することを試みた。 プライバシーに関わる問題であるだけに、充分な量のデータを得ることは困難であったが、不調に対する個人のnarrativeの形成についていくつか興味深い知見が得られた。すなわち、医療保険制度が整備され生物医学の進歩が著しい現代の日本においても、不調に際して本人のnarrativeや病気認知に強く影響するのは、医学的専門職ではなく、lay referral systemと呼ばれる、家族や友人などの非専門家によるインフォーマルな情報ネットワークである。このネットワークの重要性と、その中で個人が自分なりの症状の解釈を見いだし治療法を選択していくようすが、事例から浮き彫りにされた。最近、病気の認知に関してlay beliefおよびcommonsense modelという視点が提唱されているが、今回の調査結果は、この枠組みによって理解できるものと考えられる。 今後さらにデータの補充と資料分析の結果どの対応を行い、また上記の理論枠組みによる分析を深めることが必要である。
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