本研究は、病気の心理的・社会的意味(illness)を扱う健康心理学の立場から、人々が心身不調を感じたときの多様な求援助行動を、個人が不調を意味づけて自分なりに納得のいく物語(narrative)を作り上げる過程と考え、そのプロセスを明らかにしようとしたものである。 研究の初年度である平成9年度には、中年期以降の一般男女を対象に7日間にわたる健康日記の記入を求め、日常生活の中で生じる心身不調のエピソードや対処法を把握することを試みた。その結果、医療人類学等の先行研究と同様に、不調を感じてもすぐに医療機関を受診するのではなく家庭内での対処行動をとる場合がほとんどであること、不調について個人が医学的説明とは別な自分なりのnarrativeを持つこと、などが確認された。 平成10年度には、おもに乳ガンの患者やその家族である数名のインフォーマントに面接を行った。患者自身の病気体験についてのnarrativeや周囲の人々の関与に関しては、「常識モデル(commonsense model)」および「しろうと照会システム(lay referral system)」などの視点から検討を加えた。医療保険制度が整備され生物医学の進歩が著しい現代の日本であるが、不調に際して本人の病気認知やnarrativeに強く影響するのは、家族や友人などの非専門家によるインフォーマルな情報ネットワーク(しろうと照会システム)である。面接事例から、このネットワークの重要性や、その中で個人が自分なりの症状の解釈を見いだし治療法を選択していくようすが浮き彫りにされた。 また本研究に着手した時点では、日本においてこのような視点からの研究があまり見られず、今後の研究の方向性を探るために、illnessおよびnarrativeという視点からの研究の方法論について文献研究による検討を行った。
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