自尊心の威力をあらたな状況において確認すること。他者との比較による優越性としての側面が強調されている自尊心に欠落しているものとしてある種の感受性(自己直視性、あるいは日本人にも理解しやすい共感など)を指摘すること。感受性と自尊心との関係を検討し、両者の共存に新しい適応の姿を見つけること。このような主題に関して主な結果は次のものである。 I.基調となる、感受性の問題については、『徒然草』を素材に、理論を展開した。兼好の繊細な感受性ゆえに死の脅威(無常)を洞察したこと。この無常を超越するために、遁世僧→修道僧→遁世僧と移り変わっていく過程で、「諸縁放下」から「寸陰愛惜」という二つの決意を通して、やがては、自己決定とか選択を尊重する実存主義的な人生の原理にたどり着いたこと。さらにこれを、アーネスト・ベッカーの『死の否認』の解読を通して、西洋との思想の共通性も確認した。 II.感受性の代表として「他者に対する共感」を取り上げ、この共感の種類と自尊心との絡まりによって援助行動の生起にどのような違いがあるかを実験的に検討した。自尊心の高い者は共感を抱いた相手に援助をしても心理的に相手から距離を置こうとした。"この人は心から可愛そうだと思う、でも、私とは異なっている"という対処をした。これは、自尊心を高揚することが現代社会を生きるうえで不可欠な要素であるならば、自尊心の高い者にとって、他者への共感を高めることは、真の意味での美徳として機能しないこと、そこには、何か他の要因が付与される必要があることが示唆された。 III.脅威状況における自尊心の威力という観点からは、第一に、ダイエット志向の強弱の個人差を考慮に入れつつ、自我脅威と死の脅威に対してどのような食行動が生じるかを実験によって調べた。第二に、認知的不協和における自尊心の個人差を検討した。選択することが自尊心の高い者にもたらす脅威緩和の効果が示唆されている。
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