インドネシアでは、スハルト政権の開発経済政策の推進によって農村経済の商業化や生活の都市化が急速に進展し、1980年代後半以降農業と農村社会のあり方がドラスティックな変化を示してきた。そこで本研究では、このような商業化や都市化にともなうジャワ農村社会の変化を2つの方向から分析した。 一つは、農業の商業化や生活の都市化という新しい経済条件の出現に対応して、1980年代から広がりつつある新たな相互扶助組織Simpan Pinjamの分析である。これは、農村の人びとが共同奉仕で創出した貸出資金を互いに融通しあう組織で、相互扶助慣行の伝統の延長線上に組織化されてきた生活共同の新形態である。この組織の実体とその役割について明らかにした。 いま一つは、商業化や都市化に適合的な行動様式の形成にかかわる初等教育の実態と前期中等教育義務化の課題の分析である。開発政策の推進によって農村の社会経済条件が変化するにつれて、人びとの学校教育に対する態度も変化し、義務教育とされてきた小学校の就学率が急速に向上してきた(1973年に64.6、83年に84.6%、92年に91.5%)。その結果、小学校の就学率が90%を上回る実績を達成するようになり、インドネシア政府は、1994年から第6次5ヶ年計画で中学校3ヶ年の課程を小学校の課程とともに基礎教育として再編し、9年間の義務教育を実施した。本研究では特に農村部における初等教育と地方教育行政制度の実体を明らかにした。 なお、本研究の途中で開発政策を推進し、農村部の中央集権化を強力に推し進めてきたスハルト政権が崩壊したため、急遽崩壊の過程とその背景についても考察した。
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