本研究は、地域に伝承され今日も活動中の伝統芸能(地方歌舞伎)を、表出的文化としての歌舞伎演劇の地域的「変形」として捉え、その表現的な「構造」、その文化的・社会的な特性および機能を明らかにしようとするものである。この場合、香川県小豆郡土庄町肥土山地区(平成9年7月1日現在、289世帯、900人)において歴史的な記録としては約200年前から伝達されてきた「肥土山歌舞伎(ひとやまかぶき)」を対象として選び、地方(農村)歌舞伎の生成・持続・変容の過程、および、その文化的・社会的機能について調査研究する。研究の結果得られた知見の概要は次の通りである。 1. 肥土山歌舞伎は、歴史的には、肥土山離宮八幡神社への神事奉納歌舞伎であり、中央の大歌舞伎の地方的な「変形」である。それゆえ、肥土山歌舞伎は、江戸期新来の都市文化であった大歌舞伎と旧来の地元文化であった民間発式風俗との混合であるということができる。 2. 肥土山歌舞伎は、宗教的・儀礼的な側面と演劇的・コンサマトリー的な側面を併せもつという点において「二重構造」をなす。このことは、肥土山歌舞伎が、コミュニティの共同価値やアイデンティティの演劇的・シンボル的な表現であることを示唆している。 3. 肥土山歌舞伎は地区の6つの「組」による「輪番制」運営であり、桟敷も輪番的に交替する。ここには「共同体的平等性」と「円環的至酬性」が見られ、これらはコミュニティの統合にとって機能的である。 4. 肥土山歌舞伎は、外的な諸変化(農業離れ、少子化、高齢化、観光化)の影響を受け、変貌しつつある側面も見られる。 5. 肥土山歌舞伎に関する以上の知見から、社会=文化現象の文化社会的な分析・説明における、「文化的要因」の「社会的要因」からの「相対的自律性」が示唆された。
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