本研究では総合情報機器大手企業セイコーエプソン社の海外事業展開が日本と中国の地域社会にどのような影響を与えているか、経営と労働の面から調査している。まず長野県内の同社の関連企業8社を調査した所、親企業に従って自らも海外事業展開を進めているグループと海外展開はせずに国内のみで操業をつづけるグループに区分された。荊者の企業の進出先は東南アジアとくに中国であるが、海外進出の理由は第一に、ローカルコンテンツの制約により、進出しなければ現地の取引先企業へ製品が納入できなくなるという事情が働いている。第二に、現地に進出する日系企業が増大し、そこに発生する新たなニーズをターゲットに進出している。国内に残る後者の企業のサバイバル戦略は、低コスト生産の東アジアの企業に負けない高度かつ独自な技術の研鑚、海外に出ないニッチの探求、製品と取引先の多角化、生産コスト低減の絶えざる努力、人員削減や派遣労働者の活用など人件費コスト削減のための人員合理化が実施されている。 さらにセイコーエプソン社が中国の蘇州市と上海市に設立した企業の調査を行い、日本企業の進出に伴う中国の地域労働市場の変容という主題を析出した。蘇州市の場合には、伝統的な繊維産業から、電機・情報機器の先端産業への転換に伴って生じる雇用・失業問題、上海市の場合には、既に賃金水準が高く低賃金労働力を利用する価値が減少しつつあり、外来者、出稼ぎ者を供給源とする新たな低賃金労働市場が形成されている点が重要である。また技術移転が新たな段階を迎えつつある。従来の低賃金労働力利用のための大量生産技術の移転のみならず、既に生産合理化に必要な製造技術の移転が進んでおり、遠からず設計や製品開発技術の移転も日程に上るであろう。
|