多文化主義を掲げる国々は、個々人の尊厳さや集団ごとの多様性を重視し、目標や水準や時限を掲げて、その拡充に努めている。しかし、社会保障はともかく、言語や文化や宗教の多様性に焦点化している具体的な教育保障は、当該集団の自立よりも基礎的段階の補償であり、あくまで多文化主義教育の育成であり、その創造ではない。しかも、グローバルな経済的逼迫、福祉国家の低迷、地方の大都市の集中的に現象している「貧困化」など、社会的教育的不平等は克服されておらず、少数派出身青少年におけるアイデンティティの形成はなおも容易ではない。コミュニティと学校との連携、包括的施策などが望まれる。 イギリスもカナダも、多様性や他民族・人種への寛容の尊重では共通している。イギリスも、コヴェントリー市も、差別や不平等の解消の多文化主義を試行し、主流の文化価値の容認と共に、各民族・人種の存続をめざしている。カナダは、多文化の普遍性原理による多民族・人種集団の併存を構想しているが、ケベック州は、連邦に対する独自性の発揮と民族・人種の多様な共存という重層的な多文化主義である。多文化社会を表明していない日本が諸外国に学ぶことは、諸少数派集団に対する低保障が、じつは多数派集団への保障も不十分にしか実現させていないという実態である。 多文化主義教育の課題は、公教育制度における保障整備の内実である。また、低位におかれた少数派集団が生涯学習機会を通じて、資格・技能の習得に開かれ、不平等、格差、「貧困」の克服である。生活、就労、居住など、広範で多様なニーズを踏まえた施策、各集団の伝統、文化、生活スタイル、宗教、習慣、価値などを尊重する多様性の自己実現機会が積極的に導入され、学校教育・生涯教育における整備と一貫性が要請されている。
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