本研究は、近代ヨーロッパにおける親子関係と子ども観に関する歴史人類学的研究というテーマの下に、この時期におけるヨーロッパ各国の近代教育の変化と持続の側面を従来の教育思想史・教育史とは違った観点から重層的に把握することをねらいとしてすすめた。この3年間に収集した人口動態史関係、家族史関係、子育て習俗関係の3つの領域の文献を、時代区分として近代化の初期段階であるプロト工業化がはじまる以前と以後に分け、さらに近代化の時期については、近代家族が本格的に登場するヴィクトリア時代(アングロサクソン文化圏)、ヴィーダーマイヤー期(ドイツ語文化圏)における親子関係の変貌過程を、人口動態、ライフサイクル、役割イデオロギーなどの変化、通過儀礼などの伝統的社会化機能(習俗)の解体、情愛的教育家族の登場といった観点から分析した。その結果、近代ヨーロッパにおける親子関係と子ども観に見られる教育イデオロギーの社会的制度化の背景で、このイデオロギーに適合的な生産様式の再編、人口動態の再生産メカニズムの発生、そして子どもに対する価値感情の諸形式の再編が進行したことが明らかになった。さらに、ヨーロッパにおけるプロト工業化以降の親子関係と子ども観の変貌は、資本主義文化の世界戦略の中で、次第に全世界的な規模でその再生産メカニズムを拡大し、若者・青年の自立の伝統的な形態を解体させたことが明らかになった。この分析によって、晩期資本主義のマンパワー政策に組込まれた福祉国家型公教育制度の形式的拡充によって、近代初期に模索されていた個人の精神的自律と他者との共存モラルをともに放擲せざるを得ない子育て文化の発生メカニズムを解明する糸口を得ることができた。
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