本研究では、平成9年度から11年度の3カ年にわたり、甑島を中心とする九州西岸から西北岸域の海村社会の実態調査を実施した。調査項目は漁業を中心とする産業の変遷、出稼ぎとUターン、家族・村落構造、過疎と地域おこし・地域開発、村落祭祀や世界観など多岐にわたるが、報告書をまとめるにあたり、甑島を五島から薩南域に至る九州西岸の人やものの流れに位置づけることと、過疎化・高齢化という枠組みで語られる地域社会の実態を明らかにすることから、以下の2つのテーマにしぼって論述した。 1.甑島社会の可動性と地域活性化に向けた動き。 2.甑島漁民の海とのかかわりを示す世界観や心的世界の実態。 2.甑島は近世以降、上方との関係が強化され、希有の漁場として各地から漁民の出漁があった。甑島の漁民の出漁先は戦前までは牛深が多く、先進基地牛深との交流は重要であった。また、甑島では村外の漁業資本家による漁場と鮮魚流通の開発が行われるものとともに、地元資本による定置網の発達も見られ、住民は農業、地先での漁業か定置網の網子、季節による漁業出稼ぎと多くの選択肢の中から選んでいたが、各地への定置網出稼ぎが中心になる。一方で、女性たちは大正末期から泉州の紡績工場に出稼ぎし、結婚年齢になると帰郷していた。1960年代以降は男女ともに阪神間への出稼ぎと定住が増える。近年、長年阪神間で働き、定年を迎えた世代によるUターンが増加し、彼らの故郷への想いと地域開発をめぐる動きとの間に齟齬をきたし、厚生年金受給者と地元で長年生活を続けてきた人たちとの間に新たな経済較差が生じている。心的世界においては、エビス信仰、フナダマ信仰など南九州から西北九州にかけて存在する海に関する信仰や世界観との比較研究が今後も必要である。
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